mixi日記『妹』より。

kitchen so_ko 8月18日(水)お休みします。
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私には4つ違いの妹がいる。母からはよく『女2人しかいない兄弟
なんだから仲良くしなさい』と小さい頃から言われて育ったものだ。
私は長女なので周りから可愛がられて何かにつけて1番で育ってきた。
物心ついた年になり妹が誕生した。妹は生まれつき奇病で体が弱く、
何度か大手術をした後にようやく退院する事が出来た。だから今でも
彼女のお腹には10cm程の傷跡が残っている。

とにかく色の白い病院でも評判の可愛い赤ちゃんだったらしい。
母親が妹を抱き、私の手を繋いで散歩に出掛ける事があったなら、
すれ違う人は口々に『ま~色の白い綺麗な赤ちゃんね~』と妹の方に
興味が移った。私はというと地黒でピンクの服を着ていても公園では
『ぼく』と呼ばれる始末。次第に妹に嫉妬に似た感情を持ちはじめた
のもこの頃だったのかもしれない。

妹は成長するに従い、更に可愛らしくなっていった。その頃になると
褒め言葉で色が白いの他に『睫毛が長いわね~』が加わった。私が
5歳か6歳で妹が2歳くらいの頃だったか、母親が留守をしてる時に
妹に『もっと可愛くなろう♪』と私が言葉巧みに誘い、鋏で妹の両方の
睫毛を切った。もちろん母親が帰ってきてからすぐに見つかり私は
大目玉になったのだが、何でだかその時の事は鮮明に覚えている。

そして私が結婚した2年後に彼女も結婚した。私は結婚後2年位から
不妊治療をはじめた。妹は結婚して1年後位に3度の流産の末、
やっと1人の女の子を授かった。元々私は子供が苦手で治療に関しても
何となく義務的に感じている部分があるため、その子を1度も抱く事も
無いまま、今年の6月で3歳になる。

今でこそ自分の城と呼べる中古の家を手に入れたものの、自分の住処を
手に入れたのは妹の方が先だった。その頃、私たち夫婦は単身向け
マンションの1DKに暮らしていた。競争するわけではないが、何となく
羨望していた。マイホームを手に入れ、大家族用のワゴン車を買い替え、
子供が出来…一方私はというとマンション暮らしで小さな軽四、治療で痛い
思いをしても子供の子の字も見えない状態。。。

妹の子供を抱かないと意固地になっていた部分もあると思う。妹夫婦が
家を買って引っ越す時も私は『勝手にすれば?』状態だった。出産の
時だって引越しの時だってお祝い金やおめでとうの言葉すら掛けて
ない。だが妹は私が姪を1度も抱かない事を責める事もなく接して
くれる。母から聞いた話で今も同じ婦人科の病院にかかっているの
だが、彼女が1人目出産のお礼としてその年に年賀状を先生に送った時、
その文面は私をどうか宜しく頼むというような内容だったらしい。

そして私たちが小さな家に引っ越した時にはそっとお祝い金を渡して
くれた。自慢するわけではないが、彼女は人間として素晴らしいと
思う。自分と同じ血を引く家族には相手にどう思われようと徹底的に
優しい性格の持ち主である。お互い結婚してから互いの家へ行ったり
招待したりする機会が多くなり、私が古道具カフェの夢を持ちかけると
料理が得意な妹は目を輝かせて話に乗ってくれた。
そんな彼女に3年間の再治療の末、つい最近母親から10月に2人目が
出来るらしいと聞いた。もちろん妹からは私に気を遣って言うはずも
なく。今日は3歳の姪と妹、私たち夫婦2人で初の試みでベランダ
バーベキューをする。その時に渡そう(安産のお守)と思う。

2007.5.12

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by tomo-so_ko | 2010-08-16 23:13 | その他

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