mixi日記『あの頃』より。

こちらでブログを始めて丸2年になりました。
毎日たくさんの方に見て頂いてウレシイ限りです。ありがとうございます。

このブログの前に書いてた日記をそのまま引っ張って来ました。
現在あちらの日記は封鎖してあるので初めて読まれる方もいらっしゃると思います。
その頃よりお付合い下さってる方にはあぁ、そう言えばーって思い出して頂けると
有難いです。コメントはその時にたくさんたくさん頂いてますので欄は設けません。
さらりと読み流して下さいね。時々こんな感じで紹介出来ればと思います。
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私の中であの頃とは大学時代の4年間を指す。

私は中学高校と多感な時期を女子高という鳥籠の中で過ごしていた。
そして憧れの東京で初めての一人暮らし。専攻は中国文学科。特殊な
学部でそこで何を学ぶかというと平たく言うと勉強としては漢文と
中国思想家の孔子、孟子の世界観と言えばお解かりになるだろうか。
そして書道をしてる人たちの集まりと言っても過言ではなかった。
かく言う私もその一人だった。中国文学科は50人クラスが3クラス
あり、私はBクラスという事だった。

誰一人顔見知りも無い初めてのクラス毎のオリエンテーリング。
私が座っていると『隣空いてますか?』と顔立ちのはっきりした女性が
声を掛けてきて私は『どうぞ』と荷物を横に置いた。彼女は大分出身で
私と同様、書道をする目的でこの大学選んだようだった。並んで座った
彼女と4年間行動を共にする事が多かった。そしてその時たまたま前の
席に座ってた男子に6年間女ばかりの会話してきた自分に初めて何やら
話しかけられ、そのヒトにそれから2年間片思いをした。

あの頃は純情だった。

女子校育ちのためか私はつるむ事が苦手でクラスの中ではオトコでも
ない、オンナでもない中間地点に私は存在していたように思う。
私は男の子たちからは決して女に見られず、女の子からは他の女友達と
つるむ事をしないので気軽に恋の相談を聞かされたりした。

地元の男の子達は車を新調するたび自慢がてら真夜中のドライブに
誘いに来たりして最寄り駅から徒歩1分の私のマンションは案の定?
溜まり場と化し、徹夜でUNO大会や24時間営業の牛丼屋さんへ連れて
行って貰ったのも田舎暮らしの私にはとても刺激的だった。代返を
仲間に頼んで窓から外へ飛び降り芝生の運動場での野球試合。
いよいよ卒業が近づいたある日の放課後、男の子2人と大学屋上の
金網を登り、立ち入り禁止の最上階から首都高速を見下ろし、3人で
沈んでいく夕日を眺めた。

悲喜交々、色々あった4年間の大学生活の締め括りに楽しかったお礼の
意味も込めて最初で最後の私の幹事でクラスコンパを開催した。
それまでも何度かクラスコンパはあったようだか妙に気の合う者同士が
集まってしまい出席しても10人程度と単なる飲み会で終わってしまう
みたいな感じだった。私はそれではいけないと思い、クラスの男の子の
リーダー的存在だったSにも声掛けを手伝ってもらって、当日集まって
くれたのは35人にものぼった。貸切で予約したのは東武練馬駅徒歩
1分の『じゃがじゃが』という洋風居酒屋。こんなにクラスの皆が集まる事
なんて4年生になって授業も少なくなってしまった時期にしては珍しい
事だったと思う。私と個人的に色々あり、声をかけ辛い(例えば私が
2年間片思いしてたその男の子はよりにもよって出席番号私の1つ前の
女の人とお付合いするようになったし)仲間にも私から直接誘った。
そして深夜12時頃に酔い酔いで記念撮影をし、私主催のクラスコンパは
大成功でお開きになった。


何の心配事もなく、ただ楽しかった『あの頃』


私の宝物。

2007.4.20

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by tomo-so_ko | 2010-08-05 22:53 | その他

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